自閉症スペクトラム長男の入園までの記録|療育の方法や幼稚園の入学準備

我が家の長男ちびたんは現在、地域の小学校に元気に通っていますが発達障害をかかえています。

専門医による診断名は自閉症スペクトラムです。

正直、一番苦しんだ時期が2歳から4歳くらいでした。言葉の遅れから自閉症スペクトラム診断に至る経緯、そこから取り組んだ事について記事にしています。

 

 

幼児期の自閉症スペクトラム

幼児期は正直わかりずらい

特に幼児期は発達障害なのかどうかがはっきりせず悩んでいました。

まわりの子よりも少し発達が遅れているだけで、その内取り戻せると思っていましたし、少しくらい成長が遅れていても暖かく見守ってあげればいいと思っていました。

 

小学校に入った今でもその思いは大きく変わりませんが、子供の成長と共に将来に対する不安は少しずつ和らいできました。

 

自閉症スペクトラムはおおまかな診断基準はあるものの、一括りにできるものではなく、非常に個人差が大きく、特徴もさまざまなのです。

その為に特に幼児期においては、我が子が発達障害かどうか、はっきりせず思い悩む事になります。

 

インターネットで検索しても情報はいろいろです。

さらに言えば幼児期は発達障害に見えてもどう成長していくかがわかりません。

個性ある子として成長していく場合もあれば、周りからパっと見て発達障害を抱えているなんてわからない場合もあります。

特別支援学校で専門的なサポートが必要になってくる場合もあります。

 

幼児期はその将来が見通せない事が親にとって一番悩ませてくれる事になります。

 

 

診断を受ける事に躊躇しない

最後は専門医による診断となるかと思いますが、診断を受ける事はとてもつらいことでありますが、将来に向けた一歩を踏み出す事にもなります。

私も自閉症スペクトラムの診断を受けた時は大きく落ち込みましたが、目の前にいる子供は何一つ変わる事はありません。

そう目の前の愛する我が子は診断を受ける前の昨日と今日で何も変わっていません。

一番大切な事はなんですか?

 

私はちびたんが、健康に成長してくれ、最終的に親の助けなく自立して強く生きいって欲しいという事です。

子供に対する親の願いは人それぞれだと思います。

その気持ちさえ見失わなければ、たとえ発達障害を抱えていようとも親の心はぶれる事はないと思います。

 

 

私が疑問に思ったのは2歳すぎた辺りから

 1歳までは疑問さえ持たなかった

1歳くらいまでは成長に関して何の疑問も持った事がありませんでした。まぁよく泣くけど泣くのは赤ちゃんみんななくし、親にもしっかりなついていました。

首がすわるのが遅いという事もなく、ハイハイも始めてくれ、気づけば1歳くらいで、安定はしないものの歩き始めてくれていました。

言葉は喃語(なんご)が中心で言葉がでてくるのが遅いなぁと思っていました。そこでみんなする事だと思いますが、私もインターネットで言葉が遅いことについて、自閉症の特徴について調べます。

 

ネット情報では自分の都合の良い情報ばかりを集めてしまいがちです。

当時は指差しをするし、目も合わせてくれる、簡単な指示なら聞いてくれるし、まったく自閉症の特徴に当てはまらない。

だから自閉症じゃないと自分で決めて、疑いもしませんでした。

 

結局、その後自閉症スペクトラムの診断を受けているので、いかに発達障害の特徴が形式だったものでないかがよくわかるかと思います。

 

1歳をすぎても言葉が増えてこない

一番子供の成長に疑問を持ったのは1歳を2すぎてもまだ数語の単語しか話さなかった事からです。

たしかに発語の成長には個人差がありますし、男の子は言葉の成長が遅いと言われています。

なので、そのうちペラペラしゃべってくれるようになるのかなと思っていました。

よくコップに水をためて水があふれると言葉がでてくると言われますよね。

よし、うちの子もコップに水をためないと。その思いで、夫婦でたくさん話しかけをして、たくさんに絵本を読み続けてあげました。

 

それでもなかなか言葉が増えてこないので、心配は消えずに地域の療育機関に相談し、もしかしたら自閉症スペクトラムの疑いがあると言われ地域の療育機関へ親子する事になりました。

次男を見れば2歳越えた辺りから2語文でガンガン自己主張してきます。

今から思えば、ちびたんは単語を少し話す程度で明らかに遅れてはいたのですが、その時はそこまで遅れているとは気付けませんでした。

個人差の範疇内だと思っていました。

 

それでも意識的に言葉を投げかけてあげて、たくさん本を読んであげたのは結果的によかった事だと思います。

 

とことん公園で遊び日々

自閉症スペクトラムの子は低緊張といって体の芯が支えられてないと指摘されましたが、とことん公園に通って遊びまくった記憶があります。

 

なかなか公園に馴染めない時期もありましたし、まわしの子供みたいに上手に遊べていませんでした。時には公園で大泣きして親がまいることもありましたが、それでも通い続けました。

公園に通い続けるうちに徐々に遊戯や砂場に興味を持ち始めてくてくれました。公園の良いところはその子の年齢、発達レベル、興味に合わせていろいろな遊びができるという事です。

 

その時も今も変わらない思いがあります。

公園遊びは最高の療育であるという事です。

こちらの記事に公園遊びについてまとめてあります。

関連記事:すぐに実践したい運動療法|療育の第一歩

 

 

2歳から始めた家庭内療育ABA

家庭内療育の開始

2歳~3歳の頃になると「まわりの子は違う」という事ははっきりとわかるようになりました。同年齢のまわりの子は自分の言葉で自由にコミュニケーションを取り始めています。

この時期に専門医から軽度の知的障害を伴う自閉症スペクトラムの診断も受け本格的に療育をスタートさせました。

 

それまでにK式発達検査で受けましたが総合でグレーゾーンより少し下の70点代が続いていました。

療育機関でもいろいろ視覚化・構造化を活かした療育をしていただけましたが、私は家庭内療育ABAにすべてをかけて取り組みました。

その内勝手に成長してくれるのという思いはなくなってきました。療育を積み重ねてひたすら成長を積み重ねていくしかないという考えに変わりました。

成長の限度には個人差はあると思いますが、私の使命は、ちびたんの持ちうる最高のポテンシャルを引き出してあげる事!そう確信しました。

 

幼児期は親の気持ちが一番安定しない時期ですが一番療育の効果が発揮される時期でもあります。

幼児期の療育はまさに黄金期と言えます。

さきほど、親の子供に対する願いは強く生きていって欲しい事だといいましたね。

もし、我が子に強く生きて欲しいと願うのなら、親もまた強くなければいけません。

もし子供に、人の気持ちの分かる優しい子になって欲しいと願うのなら、まずは親がどこまでも子供の気持ちを理解し続けてあげなければなりません。

療育において一番大切なのは親の優しさと情熱です。

 

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医学的にも証明されているABA

主に2歳~小学校入学までに行っていた療育方法についてです。ABAのやり方自体はこの本から勉強しました。

この本1冊でABAをはじめられます。書いている内容もそんなに難しくないです。大切なのは親がやろうという気持ちですね。

 

私が書き残したメモがあります。

ABAを実行していた時の家庭内療育の注意点です。療育をしていて、伸び悩んだ時はあせらず、次の3つを実行してください。

・無理せず一歩戻って基本に立ち戻る

・スランプの時に一番必要なのは練習量を増やす事

・自分のやり方がおかしくないか?プロにやり方の指導を仰ぐ

 

これは療育に限った事ではなく、すべてにおいて通じる事なのでよく頭に刻み込んでおいてください。

 

サッカー選手がスランプに陥った時、どのようにしますか?もう一度基本に立ち戻る、とことん練習する、コーチや監督に指導を仰ぐ事になりますよね。

 

療育に当てはめると、字を書く練習でつまずいたら一歩戻って線を書く練習に立ち戻りましょう。チャレンジばかりで失敗していては嫌になってきますよね!

少し戻って成功体験を味わい自分はできると再認識する事が重要です。

 

何事をするにも練習量がものをいいます。

正しい方法で信念を持って練習を続ければ、結果は必ず伴います。諦めたらそこでおしまいなのです。

 

特に発達障害の子はまわりの子が1で習得できる事が10、20とかかる場合があります。

時間やテクニックが必要になる場合がありますが、続ければ必ずものになります。

 

親がすべき事はいかに子供が嫌にならず取り組み続けられる環境を整えてあげる事です。

スモールステップで成功への階段を一歩一歩確実に登らせてあげる事です。

 

プロのピアニストは幼いころから毎日休まず8時間練習を続けてはじめてものになると言われています。

フィギュアスケートを習わせている親は私財を投げ打ってプロの指導を仰ぎにいく情熱があります。

 

その練習方法あっていますか?

親が教えてもぜんぜん理解できない事が、専門の先生が教えるとすんなり頭に入る事があります。

求める結果は同じでもアプローチ方法はたくさんあります。

ちびたんも家で親が教えてもなかなか理解できない事でも小学校の先生が教えるとあっさり理解して帰ってきます。

優秀な先生ほど、あの手この手で教えていきます。

 

その子に合ったアプローチ方法を見つけるのが上手なのです。

 

幼児期も親が必死で教えてもなかなか身につかなかった数字も言語聴覚士の先生がアプローチしてみるとあっさり身についたという事があります。

自分のやり方がおかしくないか?専門家の指導を仰ぎましょう。

 

そんなに療育といって肩をはらない事です。

ABAという遊びを子供と楽しむくらいの感覚でいいかと思います。

なぜならABAは今日明日で終わるものではなく、継続して取り組み続けなければいけません。

無理をすれば絶対に嫌になりますしストレスもたまってきます。

 

今日も子供と一緒に楽しい療育をやろう!くらいの気持ちで継続させていきたいですよね。

 

入園に向けて

発達障害を抱えるちびたんにとって入園に向けては非常に悩みました。

ちびたんにとってどの道を歩んでいくのがベストなのか…最後に決めるのは親であり、責任を持つのも親となります。

私はそれまでの、ちびたんを見て、おそらくこの子は自閉症スペクトラムの特徴や困難な部分があっても社会で生きていく事になるのだろうと予想して進路を決めました。

地域の公立幼稚園に通いながらまわりの事一緒に園生活を送る事こそがちびたんの将来に向けてベストな選択と思ったからです。

そうはいってもまわりの子と比べできない事や苦手な事が多いので、入園前から幼稚園の園長としっかり打ち合わせを行いました。

幼稚園との入園前の打ち合わせで一番大切なのは人事権を持つトップと話をする事です。

まずは発達状況を説明し、発達障害の園児を受け入れ可能かどうかの話が必要です。

また円滑に園生活を送る為にも加配、特別にサポートの先生をつけてもらうようにお願いもしなければなりません。

園長は話を聞き予算のからみも含めて、教育委員会と話をつけなければいけません。

地域の公立幼稚園ではその権限を持っているのは園長だという事です。

 

もし加配を希望するなら入園の半年前から一度、園長と話をした方がいいかと思います。

これは公務員特有の事情ですが一度決まった人事はなかなか覆りにくく、年度途中から加配の先生をつけるのは非常に難しいからです。

私は加配の先生に無理なお願いをする訳ではなく、基本先生の経験にお任せしていました。

もちろん妻を通じて日頃から先生と問題点を共有し機会あるごとに話をしてきましたが、無理な事は言わないように心がけました。

どちらかと言えば先生が母親として我が子を見るように褒めて注意して保育をしてもらうようにお願いしていました。

 

結果として幼稚園に関して良い選択をできたなと思っています。

生きていくには一人ではどうしようもなく人と関わって生活をしなければいけません。

幼稚園で集団生活をし、先生にいろんな事を教えてもらった事は小学校にはいった今も生きています。

 

ちびたんは幼稚園という道を選びましたが、結局はその子にとってベストな道は親が選んであげるしかありません。

幼稚園に入園したものの、まわりに馴染めず退園となる話もききます。専門の療育施設という選択肢もあります。

迷いかねる部分があれば、療育機関や専門医に相談しながらも最後は親が決断を下さなければなりません。

 

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関連記事:自閉症スペクトラムの長男|入園から就学までの記録

 

<発達障害に関する参考図書>

 

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