社会の底辺だと嘆く前にやるべき事があるんじゃないかな?

企業で働くサラリーマンの多くが…「拘束時間も長いし、仕事はきつい、それでいて給料は安いときた。もう嫌になってきたよ…。」と思っている事でしょう。

 

そういう私もそうですね。

そしてみんなで口を揃えてこのようにいいます。

「社会の底辺でこき使われている負け組だから、もうどうしようもないんだよ。なんのスキルもない私なんて、どこの会社も雇ってくれないから転職しようもない。この会社で這いつくばれるところまで這いつくばるしかないんだ…。」

 

これは正論であり正論ではありません。詳しく説明させていただきます。

 

底辺とはいったい何なのでしょうか?

すべての人において、自分より豊かな人もいれば貧乏な人もいます。

自分の会社の社長だって社会全体で見ればどうって事はありません。

日本には約250万人の社長がいますし、経営者となればさらに人数が膨れ上がります。

 

会社には社長、取締役、管理職、役職者、派遣、アルバイトまでさまざまな方が働いていますが、所詮会社内での肩書の違いがあるだけで会社を一歩出れば平等です。

 

病院でも待つ時間が社長の方が優先的になる訳ではありませんし、スーパーでの買い物で特別に値引きしてもらえる訳ではありません。

社長よりたくさん稼いで、税金をたくさん支払っているフリーターだっているのです。

 

「いや、いくら稼いでもねぇ…。フリーターと社長では社会的な肩書が違い過ぎるよ。周りから見られる目も違ってくるし…。」

 

なうほど、肩書ですね。

はっきり言って肩書なんて関係ありませんよ。

ある程度稼いでいるなら個人事業を法人化すれば、たちまち代表取締役社長という肩書を名乗れるようになれますからね!

 

上を見ればきりがないのです…

世界の富の半分が上位1%の人で占めているのが現実の残り99%を残りの富を分け合っているのです。

 

上位1%の大富豪から見れば世界の99%の人間は底辺という事になります。

では残り99%みんなが不幸な人生を送っているかと言えばまったくそんな事はありません。

 

幸せってそもそも論

ここで「人の幸せって何なのか」をしっかりと認識しない限りはどれだけお金を稼いでも、どれだけ良い役職に上り詰めても幸せになる事はできません。

 

お金を大金抱えながら孤独になくなっていく人もいますよね。

逆にお金がなくたって家族で笑いながら生きている人もたくさんいます。

 

では人はどのような時に幸せを感じるのでしょうか?

そこを突き詰めていく必要があるようですね。

 

人に認められる時

会社でも家庭内でも「誰かに認められる時」に、幸せだと感じるのではないでしょうか?

人の役に立って、誰かの為に行動して、そして自分の存在が認められた時に生きている意味を実感するものです。

そんなに大きな事じゃなくてもいいのです。

仕事で同僚から「ありがとう助かったよ。」と言ってもらえたり、お客様から感謝されたりした時には心の底から仕事が楽しいのではないでしょうか?

家庭内で子供たちに、喜んでもらえたり、配偶者の笑顔を見れた時って心の底から幸せなのではないでしょうか?

 

友達同士でもそうだし、ご近所付き合いでも、やはり人に認められるという事が幸せに繋がるという事です。

そう考えれば幸せにいきる条件は年収でも、社会的地位でもないことがわかってきますね。

たとえフリーターでもたくさんの人と繋がりの中で生きて人から必要とされている方は、生き甲斐を感じている事だと思います。

 

逆に仕事に追われて、家族の顔をみる暇がないくらいに働いて、会社でもピリピリして部下にどなりまくっている上司は、たとえ高給取りでも決して幸せとは言えないかもしれません。

まさに仕事がすべてで、そのまわりに大勢の人に支えられている事をわかっていないのです。

 

チャレンジ精神

私が生きているって感じる時は「夢に向かって突き進んでいる時」もそうですね。

何も目標もなく惰性で生きている時って何か物足りないって思うのではないでしょうか?

 

人生をかけて取り組みたいと思えるような目標を持っており、それに向かって突き進んでいる時ってこの上なく幸福感を感じる事ではないでしょうか?

 

偉大な事を成し遂げる人は夢に対する情熱が半端ないです。

心の中の信念を信じて、ただ成功に向かって前に進んで行きます。

多少の困難をいかともせず、乗り越えていくのです。

 

多くの成功者は自分の夢を信じて、決してあきらめる事はありません。

夢に向かっている時は本当に幸せで人生が輝いている時でもあるのです。

 

チャレンジ精神は生きていく上で必要不可欠な要素なのです。

 

社会の底辺だと嘆く前に

私は社会の底辺に生きているから、本当に不幸な人間だと嘆く前にするべき事があるのではないでしょうか?

 

給料が低いと不幸になる訳でもないし、フリーターだからといって卑下する必要なんて全くないのです。

 

今の自分を変えようと何かに向かって努力していますか?

 

誰にも負けない熱い情熱を持って、進んでいるなら自分は社会の底辺だなんて嘆く事はないかと思います。

 

恵まれた同僚、かけがえのない友達、愛すべき家族など豊かな人間関係にあるなら、自分は社会の底辺にいるなんて思わないですよね。

 

どんな仕事でも、それ相当にやりがいはある事だし、社会的に必要とされているのです。

あなたを必要としている人はいるし、あなたを認めてくれている人の存在に気付くべきなのです。

 

 

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